mixi二重です。
22日月曜日。
少し寝坊はするものの間に合う時間に家を出る。
電車自体はあまり遅れなかったものの、入谷、秋葉で貧血で倒れてはいないけど駅員に付き添われ休憩。
秋葉にいたっては鏡で見た顔が本当に真っ白だった。
こりゃ駅員も「顔白い」言うわな。
入谷ではベンチで電車2本休憩したものの秋葉では駅員室へつれてかれる。
ただ煙草臭くて余計にダウン。駅員が止めるものの2,3分で秋葉を後に・・・。
そっから走ってJRへ。
後、何回かまた吐き気に襲われるが無事会社到着。
時間は45分過ぎ?ほぼ50分。
全員着ててとにかく恥ずかしかった・・・。
北千住あたりに住めたらいいなと思うけど、絶対一人暮らしはできないんだろうなぁと思うってか。
親の傍にいたげたい気持ちと、居たい気持ちが半分。
んでこっからはじぃちゃんの話。
22日3時30分、じいちゃんの通夜のために早引き。
4時30分、実家到着。すでに親戚一同集合。じいちゃんは同時に棺おけにいれさせられてた。
じいちゃんの顔拝みたかったけどババアと親父が居たから見にいけなかった。
二回の和室で母親がもってきたスーツに着替え下に降りる。
すでにじいちゃんは霊柩車。
もぅ生身では帰ってこないとかそんな考えはあんま思いつかなかった。
5時30分、式場到着。
たくさんの花に囲まれたじちゃんの写真。
あまりにも若い、多分50くらいのときの写真、ババアの写真はあるのになんでじちゃんの写真がないの?!
それにすごく腹が立ったのと悲しみがすごいこみあげる。(まぁこれを見たのは実家だったが)
その祭壇の下には棺おけが。
あけると当然じいちゃんがいた。
黄色っぽく、白くなったじいちゃん。
集中治療室であったときは意識朦朧だったし、泣き虫じいちゃんだったから涙や目やにですごかったけどすごく綺麗にしてもらってた。
じいちゃんを見たとたん実家で伯母さんと流した涙がまたこみ上げてくる。
給料日に間に合わなかったことが、時計を買ってあげれなかったのがすごい悔しかった。
6時30分通夜。
姉貴が眠る寺の住職さんのお経。
本当にこんなんで成仏できるのかとか(すごい失礼)知らない人も見送ってもらってるけどこの中でじいちゃんの死を悔やんでくれている人は何人居るんだろうとか不謹慎な考え。
もう本当悲しくてしょうがなかった。
23日11時。
告別式、昨日より流石に人は減ったものの近所の人も着てくれた人はいた。
1時間にわたるお経と焼香が終わり、顕花。
たくさんのたくさんの花に囲まれてぎりぎり顔が見えるくらい。
じいちゃんは安らかに眠ってて、涙が自然と零れ落ちる。
かあさんが持ってきたチョコを顔の横に。じいちゃん甘いものが好きだったけど太るから食べさせてもらえなかったからな・・・。
果物を体の上に。
もう何も我慢しなくていいんだよ。
棺おけを閉めて、喪主の親父の言葉に腹が立つ。
家族がとかなんとかいうけど一番世話したのは母さんだろ。
もうどう思われてもいい、とにかく親父を泣きながら睨んでいた。
12時15分ころ。
別館の火葬場へ。
4回目の葬式だけど備え付けの火葬場があるのにはおどろいて、あまりの早さに心の準備ができていなかった。
ボイラーの前で最後の焼香。
涙は止まんないし、ぐちょぐちょ。
やっぱり写真に写るじいちゃんは若い、悔しかった。
12時40分頃。
献杯と食事。
じいちゃんのことを考えながら鬱な気分で食べてた。
親父と母さんが酒を注ぎに行った時ババアが、
「休みの日はじいちゃんに線香あげにきてな」
「いつでも(実家に)戻ってこいな」
腹が立った。
泣きながらその場を離れ火葬場を探索することに。
さすがに火葬場そのものには入れなかったけど外とかみてた。
熱いんだろうなとか子供が考えるようなことを思ったりしてた。
とりあいずあの家族であることが恥ずかしくて、また何回も泣いた。
1時45分頃、親父と母さんと私で火葬場へ。
ボイラーの中からはじいちゃんが骨だけになって出てきた。
でも職員の人が言うには骨がこんなに綺麗に残るのは珍しいって。
じいちゃんはやっぱり動けなくても体は丈夫だったんだと思った。
1時55分頃、納骨。
水分が抜けてカラカラになった骨。
大人の男2人でやっと運べるくらい重かったじいちゃんがこんなに軽くなっちゃったのが悲しかった。
じいちゃんの骨は骨壷に入りきれず途中2回骨を砕いて入れてた。
やっぱり骨がいっぱい残ったからっぽい。
こうゆうことはみんな珍しいようで。
2時半頃?実家帰宅。
じいちゃんに線香を上げる。悲しかったけどもう、じいちゃんには安らかに眠ってほしいって気持ちになった。
横に居る姉貴の写真を見上げながら、21年もたったけど姉貴がいたら一緒によろしくね。
そう思いながら線香を上げた。
でも涙をこらえているとおばさんやおじさんに声をかけられる。
泣くなって言われると余計悲しくなる、せめてもう少し泣きたい気持ちがあった。
あとは近所の人たちが着たりでドタバタ。
帰った後、フルーツを、缶詰をみんなで分けることに。
かなりの量があってこれがいいーとか言う中ババアが
「49日に親戚に配るんだから、残しておけよ」と
全員ハァ??!w
いつも従兄弟とか従姉妹とかはキレたりこんな状況がなかったりしただろうけど流石に全員呆れてた。
んでとうとう叔父さんがキレた。
兄貴とか親戚一同でとめる。
じいちゃんの前でまたこれかと情けなかった。
また涙がこみ上げて部屋から逃げる。
叔父さんが帰った後、今度はもう一人の叔父さんがキレる。
でもババアを庇ううちの馬鹿親父。
母さん苦悩の表情。
もうどうしようもない、従兄弟もまた呆れ顔。
その時はPS2で遊ぶ従兄弟の子供たちの声が助けだった。
6時頃、実家を出て自宅へ帰宅。
一気に疲れがこみ上げる。何度か母親と話したがもうあの家は出たから関係ないからいっかと。
そう思うと気持ちが楽で。
昼に食った弁当の残りを夕飯として食う。
じいちゃんだったらなんでも食べちゃっただろうね~と家にまだ居た頃の思い出を語りながら食べる。
その後は疲れで寝てた。
でまぁ今に至ると。
書きながらもまた泣いてた。
たぶんあの家族に育ったこと、悔しくて。
叔父さんオバサンもまじでブチキレてたし、それでも母さんや私のこと世話してくれる。
叔父さん叔母さんオバサンは好き。
だから母さん私も今居る。
だからじいちゃん頑張るよ!頑張って生きるよ。
だから応援してね、あと時計間に合わなかったけど買うね。
今度線香上げに行くから、どんなのがいいかな。
姉貴のことよろしくね、私はまだそっちには行かないから。
ババアもしばらくそっち行かないと思う、減らず口ばかりで体は弱ってるけどまだまだ生きるだろう、あれは。
ぁー明日は晴れるといいな。綺麗な青空が見たい。
風が温かくて気持ちいといいな。
それでお仕事頑張ろう。
だからじいちゃん、またね!